【扉絵】
師匠(リョウ)の後ろ姿。デバイス「雷刃」から、火の鳥が生まれようとしている。その黒いコートと足元がアップに。
地の文:キャッチフレーズのように。
「誰よりも行動し、
誰よりも情報を収集し、
絶望とも呼べる量の努力をして、」
【タイトルコール】
【シーン01:機械の義手】
山水画に出てくるような、奥深い土地。常緑樹の森にいくつもの渓谷が注ぎ込み、神秘的な景観を作り出している。小さな山荘がちらほら見える。中華系の建築様式。富裕階級の別荘だろうか。
そんな山中に、ひときわ切り立った峰があった。切り開くように建てられた、どこか無機質な、コンクリートの建物。彫られた十字の文様から、おそらく病院である。
病院の窓際から朝日が差し込んでいる。病室のパイプベッドに、一人の少年が寝かされていた。
全身に、たくさんのチューブやコードが繋がれている。治療中のようにも見えるが、もう助からない末期の患者だと言われても、納得がいきそうな状態である。
その横に、ロボットの看護師が現れた。ロボットであるから、性別は無いようだ。
手早く少年(ノゾム)の身体に繋がれた機器を外していく。配線がなくなると、少年の右肩から下は、機械であることが見て取れた。機械の義手。その義手のパーツは白っぽくて、メカニックというより、まるで最新のPCのような見た目だった。
「起キテクダサイ 患者《クライエント》」
ロボット看護師は、抑揚のない声でノゾムを呼んだ。
「術後インフォームドコンセントノ時間デス」声が、若干大きくなった。
「ん……」
かすかにうめき声を上げながら、ノゾムが目覚めた。うっすらと開けた目は少し赤く、ぼーっとした表情も回復した患者のそれには見えない。
「術後インフォームドコンセントデス 患者《クライエント》」
ロボット看護師が繰り返す。
ノゾムは眉根を寄せて、いきなり起き上がろうとする。
「クライエントってなんだよ、俺は、」
「クライエントハ クライエントデス」
ロボット看護師は、しれっとした態度で患者の抗議を流した。ノゾムは黙り込む。自分の名前は自慢の名前なので、気に入らないのだ。
だが――手術の前に聞いた。ノゾムの記憶《メモリ》は、脳の容量を空けるため、大部分がデフラグされるのだと。つまりは、削除と整理だ。自分の覚えている名前が、本当に「自分の名前」かどうか、あまり自信が無い。
身体を起こしたノゾムの前には、細身だが引き締まった体つきの老人がいた。白衣に身を包んでいるから、医師だとすぐにわかった。髪は長く、オールバックにして後ろで一つにまとめている。
「目が覚めたか」
「改めて自己紹介しよう
儂は機械医師、秦雷炎(シン・ライエン) お前の要望通りに――」
名乗りもそこそこに、秦はノゾムへの手術治療の話を始める。
「そいつを移植した」
ノゾムは自分の右手を見つめる。機械の義手。
腕というには図体の大きい、最新型マシン。継ぎ目には、さまざまな色のコードも剝き出しになっている。PCのような見た目だが、それで例えるなら、商品化されたPCではないようだ。
彼らには暗黙の了解がある。この義手は「デバイス」だ。アーティストが、作品を描くためのマシン。
かつての――手術前のノゾムはこれを身体に「義肢」――あるいは「脳」として――移植してくれるよう、秦に頼み込んだのだ。要望通りに、というのは言葉のままだった。
そして今の状態で、ハッキリしたことがある。もう、ノゾムは普通の人間ではない。義体《サイボーグ》と呼ばれる身体になった。
インフォームドコンセントというだけあって、それらの副作用、今後必要な医療処置などが秦の口から説明された。当然のように、「ひとまず命は助かったが、これからも予断は許さない」という事実も。
ロボット看護師がノゾムの体温を測った。簡単なキットだ。38.6℃。
秦がこともなげに言う。
「まだ熱が高いな。リハビリテーションは明日以降とする」
ノゾムは声に出さずとも、納得した。練習もせずに、動かせるシロモノではないだろう。
【シーン02:訓練《リハビリテーション》一日目】
道場。急ごしらえの、アーツファイト試合フィールド。
ここは病院内のリハビリテーション室だった。広い室内には、綺麗なラバーが敷いてある。
たいていは身体的な手術――例えば、骨肉腫による下肢切断からの、義肢の訓練だとか。そういう普通の、術後の回復のために使われる。ノゾムはずいぶんと特殊な術例だった。
ノゾムが真面目な顔で、秦と向き合っている。服は病衣で、伸びっぱなしの髪をおでこのバレッタで留めている。
秦は意外にも、奇抜な髪型とファッションだった。髪はコバルトブルーに染められ、明るいピンクのインナーカラーまで入れている。鋲が目立つ服装のセンスはまるでパンクロッカーだ。
ノゾムは年相応のツッコミを入れた。
「そのトシでめちゃお洒落かよ」
実は秦だけが、過去のノゾムのメモリを見ている。このスタイルは、「オシャレにこだわっている」というノゾムの性格がどう現在の状態に反映されているかの、モニタリングを兼ねていた。無論、半分は自身の趣味である。
ツッコミを華麗に流し、秦は首をかしげながら患者を見た。舐めるような視線だ。
「ところでクライエントよ。何じゃその姿勢は」
ノゾムは床に座っていた。直立している秦が見下ろす格好となる。右手の「デバイス」は、ズシンという擬音がふさわしい雰囲気で、ノゾムの右わきで床に鎮座していた。そのせいで変な体勢になってしまっている。
「重い」ノゾムが言う。
「じゃろうな。14キロある」医師が理由を答える。
「これじゃ立てねーだろ」
当然の意見として、ノゾムは言ったつもりだった。だが、秦からは、短い一言が返って来ただけである。
「立て」
しぶしぶといった風情で、ノゾムは立ち上がった。ダンベルも同然の14キロの右腕は、根性で持ち上げた。
秦が冷静な表情で、当然の疑問を口にした。
「操作法はわかるか?」
教えてはいない。だがその量子デバイスは、ノゾム自身の「脳に組み込まれている」のである。考えを巡らせるだけで、ある程度は演算が成り立つように作った。
もっとも、量子コンピューター技術については秦の専門外である。演算システム自体の設計図は、ノゾムが自分で書いたと言って持ち込んだものだ。
秦の考えを証明するかのように、ノゾムは自分で「脳」を回転させ、デバイスを起動させようとしているようだ。半分が機械式の脳として機能しているものであっても、本質は「アーティストデバイス」だ。
苦しそうな表情で、ノゾムはため息をついた。
「頭の中が、奇妙にこんがらがって……思考が繋がらない」
正直な吐露だろう、と秦は感想を持った。そのシステムの不具合は、ノゾムの身体とデバイスの接続エラーによるものかも知れない。単純に、同期している時間がまだ少ないからだと判断できる。
「量子ビットが、うまく重なり合わない……バラバラに動いてるみたいだ」
この段階で、演算システムをそこまで感覚的に把握しているのか。秦は、内心、唸った。一生懸命に動かしている様子を見守る。だが結局ノゾムは、
「回路が組めない。像も結べない」
そう、しょんぼりとした顔を見せた。自分の身体がうまく動かないも同然だ。ガックリもくるだろう。
秦は、努めて感情を出さずに、指導方針を変えた。
「お前でも無理か。まあ想定の範囲内じゃ」
言いながら、いったんリハビリテーション室から退出した秦は、分厚い書類の束を持って戻ってきた。操作マニュアルだ。
「各パーツのぶんと、儂が書き足したものと…」
カスタマイズマシンだ。規格のある商品ではないはずだ。ビッシリと、付箋が貼ってある。軽く、『国際法典』3冊分くらいの厚さはある。
さらりと指示する。
「一晩で覚えろ」
医師の無茶振りに、ノゾムは表情を引き攣らせる。「マジ?」昨日まで瀕死だった患者に、何をやらせるのか。
だが、秦は挑発するように鼻を鳴らす。
「お前、アタマしか取り柄のないへなちょこ小僧じゃろう。それくらいできんのか?」
「アカデミーの記録《ログ》を見たぞ」
痛いところをつかれた顔で、サッと顔を赤くするノゾム。この様子では、この記憶《メモリ》は、「大事なパーツ」に仕分けされたということだ。
「全てフルスコア。最年少で首席卒業」
そらんじるように続けた秦に、ノゾムは大袈裟にしかめ面をしてみせた。言葉の続きはわかっている。
「できるじゃろ、やれ」ここは、不平不満を言うシーンではない。
「……わかったよ」
【シーン03:訓練《リハビリテーション》二日目】
アーツファイト試合フィールド、もとい、リハビリテーション室。
今日は、最初からまっすぐ立っているノゾム、もとい、クライエント。
重さには慣れたのか。秦は一瞬考えて、打ち消す。コイツのことじゃ、ただの意地に決まっている。知らんぷりで、課題を告げた。
「では、まず『りんご』を描いてみろ」
「りんご?」
「デッサンの基本じゃろ。知恵の実《りんご》」ずいっと眼鏡がにらむ。
(メモリ吸い出してるだろ……嫌味だな?)ノゾムは小さく舌打ち。
覚えている限りの、最初の頃の記憶。大事な人に生き方を教わった日のこと。師匠リョウは、得意技《インテリジェンス拡張コマンド》で挑んだ自分を、容赦なくボコボコにした。
忘れるわけもない。秦のことだ、挑発に決まっている。
デッサンの基本と言うなら――
「ワインボトルでもいいだろ……」
ノゾムは小さくぼやいた。これくらいの反抗はさせて欲しい。ただでさえ、ここに来るまでの旅で、もうプライドはズタズタだ。
その様子を秦が呆れ顔で眺める。ノゾムの「脳」を再構築した医師には、お見通しなのだ。
(若干17歳でその自信過剰。ようそこまで大きく出る)
だが、
「ベーシックシェイプからでいいか?」
ノゾムはこともなげに、量子デバイスのシステムを操って、しゅるしゅるとキューブを組み立てていく。このデバイスは指先が光学ニブになっているが、それを順序良く動かすのだって技がいる。初めてピアノを弾くようなものだ。
(本当に一晩で覚えたのか)
呆れなのか、賞賛なのか、秦はよくわからない感情に囚われた。
組み上がった量子キューブは、きちんと「りんご」の形になっている。
初めて操作したにしては上手くいった、と内心安堵しながら、ノゾムは最後のコマンドを入力した。
(空間レイヤー統合……結像……!)
頭上に出現したのは――『巨大な』りんごだった。
※効果音:ズム……!!
「いっ」
ビビったノゾムの短い悲鳴。そのまま、グラリ……と、巨大りんごは落下してきた。
直径がゆうに2メートルはある。直撃したら大怪我だ。慌てることすら出来ずに、固まっているノゾムに、秦が怒鳴った。おそらくは助け船だ。
「アタマ使え!」
瞬時に切り替えたノゾムが、頭の中で自由落下運動の方程式を計算する。落ちてくる間に解を出さないといけない。この物体ならニュートン力学でも――
(y(t)=y(0)−(1/2)gt²,y(0) = 5.0,y(t)=1.7+1.0――)
ところが、その瞬間。
(あっ)
(Ψ_n(r, t)=N * exp[i(θ_n+mωt - kz)] * exp(−2σ² r_⊥²)
* exp[−i((mgzt/ℏ)−(mg²t³)/(6ℏ))]
r=(x, y, z),r_⊥² = x² + y²,θ_n = 2πn / 6
ハミルトニアン:Ĥ=−(ℏ²/2m) ∇²+(1/2) mω² r_⊥²+mgz
干渉項、Ψ_total(r, t)=Σ (n = 0 to 5) Ψ_n(r, t)
⟨Ψ_n|Ψ_n'⟩ ∝ δ_nn'+ε_nn'(t)――)
ノゾムの脳内を、物凄いスピードの数式が駆け巡った。
仮にも物理学科の首席卒業生だ。何を計算しているのかくらい、わかる。ただ、考えるより先に計算してしまうなんて、人間の経験の範囲に無い。
デバイスの量子演算が発動したのだ、と気づくまで、コンマ3秒くらいか。ノゾムは無意識にデバイスを操っていた。まるで華麗なステップのように。目にもとまらぬ速さで、巨大りんごは六等分され、綺麗ならせん軌道を描きながら床に落下した。
しばし呆然と、見つめるノゾム。目の前には、デザートナイフでカットフルーツにされたような、元・巨大りんご。
秦がどこか得意げな声色で、問う。
「どうじゃ、使い心地は」
「ああ……なんか……すげー……」
それくらいしか感想は出ない。自分の期待をはるかに上回っていた。
こんな。圧倒的な。これを文字通り、手足のように使えるなら、いったいどれほどの作品が創れるのか。
そう思った、その時。ふらりと足元がよろけた。
バターン! ノゾムは直立姿勢のまま、ラバーの床に派手にぶっ倒れた。
「!!?」
ゼーッゼーッと、自分の息が切れていることに気づく。酸素が欲しい。呼吸だけでは賄えないくらいに。
「無理もない。術後の身体でいきなり操作したらそうなる」
秦が、何食わぬ顔で説明した。
「そのデバイスは、出力こそ燃料《インク》カートリッジ式――じゃが」
唾を飲み込む、ノゾム。
「動力源はお前の生命じゃ」
「い、いのち……!?」
「お前の考案した量子演算システム――
単純な複式《ゼロイチ》回路ではないから、脳神経接続《シナプス》を機械的にフーリエ変換して、量子ビットとして間に合わせた」
秦の口から、すらすらと語られる驚愕の事実。
「人体であれば事足りる分子量を、無理くりに拡張しておるから……まぁ、理屈はともかく」
「お前が体調管理を怠れば、あっという間にガス欠じゃ」
息を切らせたままのノゾムの額に、汗が伝った。疲労の汗か、冷や汗か、判断がつかない。
状況の理解が追いつかない様子のノゾムを、秦が一呼吸おいて、待ってくれた。そうしてから、突き放すような声色で告げられる。
「儂の言ってることは理解できるじゃろう。リソース配分じゃぞ、無いとロケットも飛ばん」
秦は、眼鏡の奥でニヤリと笑ったかと思うと、意地悪く言う。口元も、面白そうに吊り上がった。
「わからないなら、NASAに行って習ってこい。専門じゃろ?」
ノゾムは床に転がったまま、悔しそうに赤面しながら歯を食いしばっている。
患者《クライエント》から視線を外すと、秦はまるでブートキャンプの軍曹のように、声を張り上げた。
「まずは三食、食って寝ろ! そうすれば出力も上がる!」
医師の言葉は、的確だ。その言葉の意味がわかるのは、この少年《こども》にとっては、もう少し先のことかも知れない。
【シーン04:訓練《リハビリテーション》三日目】
「体調はバッチリだぞ。麦飯、おかわりしたからな!」
今日も、強気な姿勢を崩さないクライエント。堂々と、目の前の医師を睨んでいる。昨日さらした無様な姿を忘れたのか。そうではない。わかった上で《傍点》、強情に振る舞っているのだ。
秦は、少し面白くなってきた。コイツはどこまで付き合えるのか――自分ではなく、この「化け物マシン」に。
考え事をしていたふりをして、ノゾムの意気込みに返事をしてやる。
「ふむ。なら、今日は好きに描いてみるか?」
「っし! 何でも描いてやる」
気合いが入った様子で、ノゾムは腕をストレッチした。重いのはもう慣れた。
ここは、ユーラシア大陸北東の山間部である。山水画の舞台だ。墨で描かれた繊細なアートは、この地方の工芸品として、三〇二四年の現代でもなお、高値で取引されている。
ノゾムはそれを描いてやろうと企てた。ドラゴンだ。この「デバイス」で描けば、生き物同然に、動かすことだってできるに違いない。
無言で、集中しながら操作する。動きがあって、迫力のある作品。ぶっつけ本番だが構わない。
空中にたくさんのモニタを展開。量子キューブが重なっていく。レイヤーを使って、何重にも組み立てていく。積層構造はやがて二桁を超えた。構築されたキューブ――「ドラゴン」のもとになるアーティファクトの見た目は入り組んでいて、デフォルトの透明度があってなお、それが何なのか判別できないレベルになっている。
アナログブラシの滲む感じを出したい――仕上げの段階で、ノゾムはそう思いついた。これはそうしたほうが、絶対良い作品になる。PCの画面に描くのと、基本は同じだ。似た機能は何でも搭載しているのが、「アーティストデバイス」なのだ。
ノゾムの「右腕」は、脳と身体が接続されている量子デバイスであり、生体認識のパラメータがある。これをうまく使えば、まるで――「生きているように」、描けるはずだ。
ノゾムは思考による量子ビットの操作で、それ《傍点》を理論値の最大に上げた。
――これが、命取りになった。
描きかけのドラゴンは――まだ、レイヤー統合もしていない作品は、いきなりメキメキと膨れ上がった。
「えっ」
慌ててモニタを見ると、キューブの数の計算式が、階乗を示している。指示してないぞ?
まだドラゴンの形になっていなかった「ソレ」は、いびつな異形になっていた。
「な……なんだ!?」
怯むノゾムの「右腕」を起点に、みるみるうちに巨大化していき――激しくのたうつように動き出す。頭をもたげて、ノゾムの首筋に嚙みついた。そのまま歯を立て、噛み千切ろうとしている。
「うわああああ!!」
ノゾムは恐怖におののき、反射的に操作で止めようとした。だが、効かない。
腕のパーツは、負荷に耐えられないかと思いきや、化け物に呼応するように空中展開されていることに気づいた。勝手に何を。モニタの数式のスピードは、もう目で追うことも出来ない。
(パースをいじれば小さくなるか……!? ……コマンドアイコンが消えている!?)
(ウィンドウも閉じれない! ブラウザクラッシュだ!!)
必死の抵抗も空しく、巨大な異形――ドラゴンとデバイスの繋がった、かつて「作品だったもの」は、ノゾムに襲い掛かって、バリバリと身体のあちこちを食い荒らそうとする。
もう、ものを考えられなくなったノゾムの頭に浮かんだセリフは、シンプルだった。
(喰われる……!!)
黙って見守っていた秦が口を開いた。
「……武闘家《アーティスト》は、感情を描く……」
助けを求めるようなノゾムのまなざしにも、何も返さず、秦は続ける。
「お前のそれは、怒りか? 悲しみなのか?」
目を見開いて、叫ぶ医師。
「だが貧弱だ!!」
その一喝で、異形の機械は生き血を得たとでも言いたげに、ブワッとたてがみを逆立てて、さらに襲い掛かった。ノゾムは悲鳴を上げながら仰向けに床に押し倒される。倒れたまま、喰われている。病衣も髪も、今やボロボロになっている。
秦は手を貸そうとしない。目の前の惨劇に向かって、静かに告げる。
「貧弱では、ならぬ……コントロールしろ」
ノゾムはうめきながら、身をよじって守りながら、悔しそうに床に這いつくばりながら。ただ、医師を睨む。
(鬼教官……)
壁の時計が、秒針を刻みながらゆっくり回っている。ここは病院の、リハビリテーション室だった。
秦のセリフ(地の文で):
儂は、医者じゃ
お前の、師匠との約束が、どうとかは知らん
お前の命を繋ぐためだけに、そのデバイスを移植した
だから、喰われて死ぬなど、絶対に許さん
【訓練《リハビリテーション》四日目 AM7:00】
いつものように、病室――ノゾムの特別個室にやって来た秦が、雰囲気を察して足を止める。
「む……?」
ドアを引いて開けると、ベッドのノゾムが、ベッドテーブルに食事を並べて食べている。それはいつもと同じなのだが――皿に並んでいるのは、スクランブルエッグとハムステーキだった。サラダも添えてある。
ノゾムは秦の方を見ずに、ガツガツと料理をかっこんでいる。秦が説明を求める視線をやると、一言だけ返って来た。
「ソレ、まずいんで」
ロボット看護師が困った顔で、病院食のトレーを持ったまま立っている。
確かに、17歳男子には、物足りない食事だったかも知れない。今さらのように考えながらも、秦は導かれた推測を口にした。
「お前が作ったのか」
流しには、洗って綺麗に整頓された調理器具。
クライエントの右手をいちべつする。(……その手で?)
ノゾムは豪快に食べているが、その所作のいちいちに品があった。この少年のルーツに、秦は何となく思い至る。染み付いた生き方。
「俺は、フルスコア野郎なんで」クライエントは、ハッキリ、そう言った。
「なめんなよ、万能《フルスコア》を!」
ノゾムが、びし! と、デバイスの右手で握ったフォークを、秦に向けた。
食事を終えたノゾムは、手を合わせて「ごっそさん!」と叫んだかと思うと、すぐにカチャカチャと食器を下げた。秦に向き直って、宣言する。
「やるぞ、鬼教官《クソジジイ》」
秦は、隠せない高揚感を覚えながら、呟いた。
「……その意気じゃ」
※シナリオ後半略
【エンドカード】
雨の中、デバイスの右手とともに、雨空を見上げるノゾムの後ろ姿。
地の文:キャッチフレーズのように。
「たくさんの傷を負って、
夢を見始めたあの頃の自分の想いを背負って、
頭上にかかった鉛色の雲を抜けて、その上に行け。」
――西野亮廣『新・魔法のコンパス』より引用
※演出を考え、敬称は略させて頂いています。